i-dio HQ Selection

#46 Bruce Springsteen 1975-1987 (2019/9/20~)

 

 

「The Right Stuff」Vol.46 今回は、ブルース・スプリングスティーン。

9月23日に70歳のバースデーを迎える「ボス」ことブルース・スプリングスティーン。1972年にデビューした彼の出世作「明日なき暴走」をリリースする1975年から、アルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」のメガ・ヒット、初来日公演を経た1987年までの代表曲をコンパイル。

 

 

M1   Born to Run 明日なき暴走
M2   Tenth Avenue Freeze-Out 凍てついた十番街 
M3   Prove It All Night 暗闇へ突走れ
M4   Badlands
M5   Hungry Heart
M6   The River
M7   Atlantic City
M8   Dancing In the Dark
M9   Cover Me
M10  Born in the U.S.A.
M11  Glory Days
M12  I’m Goin’ Down
M13  My Hometown
M14  Brilliant Disguise

 

放送予定

9.20(金)23:00~
9.21(土)23:00~
9.22(日)23:00~
9.23(月) 23:00~
9.24(火)23:00~
9.25(水)23:00~
9.26(木)23:00~
9.27(金)8:00~
9.28(土)13:00~
9.29(日)21:00~
9.30(月)8:00~
10.1(火)13:00~
10.2(水)21:00~
10.4(金)13:00~
10.5(土)21:00~
10.7(月)13:00~
10.8(火)21:00~
10.10(木)8:00~
10.11(金)21:00~
10.13(日)8:00~
10.14(月)21:00~
10.16(水)8:00~
10.17(木)13:00~
10.19(土)8:00~
10.20(日)13:00~
10.22(火)8:00~
10.23(水)13:00~
10.24(木)21:00~

 

 

 

 

 

1973年、「第2のディラン」としてデビューしたブルース・スプリングスティーン。
「私はロックン・ロールの未来を観た。その名はブルース・スプリングスティーン」と絶賛した評論家のジョン・ランドーをプロデューサーに迎えたロックン・ロール・アルバム「明日なき暴走」からスタートして、シングル・ナンバーを中心にセレクト。
毎回のことではあるが、代表曲「涙のサンダーロード」「プロミスト・ランド」を断腸の思いでカット。「ザ・リバー」のアルバムがカタログになく、ベスト・アルバム「エッセンシャル」から「ザ・リバー」収録曲を選んだため、シングル「消え行く男」「アイ・ウォナ・マリー・ユー」は選べず。ボスの人気をワールドワイドに広めたアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」からは7曲がシングル・カットされ、ナンバー1ヒットこそないが、すべてがトップ10入りしており、すべてを選びたかったがさすがに無理で、4枚目のシングル「アイム・オン・ファイア」をカット。

と漏れた曲ばかりを挙げているが、それらを補って余りある作品を並べることができた。

 

 

 

 

ブルース・スプリングスティーンを意識したのは、浜田省吾の影響が大きい。
1980年のアルバム「ザ・リバー」がリリースされる前後のこと。
レンタル・レコードというシステムがなかった時代には、曲を聞くためには、自分で買うか、持っている友人から借りるか、ラジオにかじりつくか、ロック喫茶で流してもらうかといった選択肢しかなかった。「ハングリー・ハート」はラジオでよく耳にしたが、アルバムは知り合いから借りたのか?もうよく覚えていない。
これまで聞いていたロックとあきらかに手触りが異なっていた。
ブルースをベースにしたギターが主役のバンド・サウンドのなかで、サックスがリフやソロを吹くロックは、異彩を放っていた(R&Bの流れで考えればそんなに異質なことではないのだが、そちらの知識が不十分だったせいも大きかったんだろう)。

ニューヨークの隣、ニュージャージー出身のボスからは、乱暴な例えだが、川崎あたりのチンピラの匂いが濃厚にした。ジャズをベースに持つ東海岸特有の雑多で猥雑な感覚があった。
そして彼の歌詞には、イギリスのアラン・シリトーにつながるブルーカラーの現実が描かれていた。

宅録アルバム「ネブラスカ」を経て発表された「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」を初めて聞いたときには、正直面喰らった。ニューヨークのチンピラだったはずのボスが、アメリカを背負ったロックンローラーになっていた。スーツをラフに着たり、キャスケットをかぶっていたボスが、バンダナに袖をカットオフしたGジャンを着ていた。ファースト・シングル「ダンシング・イン・ザ・ダーク」はシンセを多用した打ち込み風のサウンドだった。これまでの雑多なものを抱え込んだまま突き進むスタイルではなく、整理されたサウンドになって、ダウンタウンの猥雑な感覚は後退していた。
まあそうすることでより多くの人気を獲得したわけだけれども。

1985年、初来日公演が実現した。当時はまだコンサート会場としてはあまり使われていなかった代々木第一体育館、5デイズに2デイズ行った。休憩をはさんだ2部構成で3時間超えのコンサート。
今でこそ山下達郎がそんな長尺のライヴをするけれど、当時は破格だった。アンコールになると客電を灯けたままでパフォーマンスするというのも初体験だった。
「ノー・ニュークス」のライヴで半分以下の長さに編集された「デトロイト・メドレー」を堪能することもできた。

1988年の「ヒューマン・ライツ・ナウ」のイベントは観られなかった。
1997年、弾き語りでの来日公演は大幅に遅刻したが観ることはできた。

最近では、彼自身のサイトでさまざまな時代のライヴ音源をダウンロード販売している。
ブートレッグでおなじみのライヴも、公式ないい音で聞くことができる。

もう70歳となるボス、そろそろもう一度来日してほしいと切に願う。

 

 

 

Text by “The Right Stuff” 選曲&制作担当 Steve

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